【消防庁長官賞】視覚障害者のための北九州市「声の防災の手引き」【安全・安心で「バリアフリー」な街をめざして】
北九州市消防局(福岡県)
事例の概要
■作成の目的
北九州市では、平成9年に市内全世帯(約39万世帯)に災害に対する備えや対処法を紹介した「防災の手引き」(冊子)を配布したが、平成11年は新たに視覚障害者に対する防災知識の普及と防災意識の高揚を図るため、視覚障害者とその家族のために“音声による北九州市『声の防災の手引き』を作成し、視覚障害者世帯へ配布した。
■北九州市『声の防災の手引き』の配布方法
- (1)配布対象:市内の視覚障害者(視覚障害3級以上)の世帯
- (2)配布時期:平成11年7月から随時配布
- (3)配 布 物:朗読方式によるカセットテ-プ(無料配布)
- (4)そ の 他:当初は、点字図書館に登録されている視覚障害者約450世帯に配布し、点字図書館に登録されていない視覚障害者(対象=市内居住者)については、市政だよりや各種広報紙等を通じて配布方法等を周知し、無料配布している。
■作成の経緯
「視覚障害者等に対しても何らかの形で防災啓発資料の配布等ができないか。」との提案が「市職員提案募集」に寄せられた。この提案に基づき、消防局防災課において視覚障害者に対する各種行政情報の伝達方法、他都市の視覚障害者に対する防災啓発状況等を調査し、伝達・配布方法等を検討した結果、カセットテープヘの朗読方式による『声の防災の手引き』を作成し、配布することにした。
■北九州市『声の防災の手引き』作成の基本的な考え方
- (1)平成3年3月に自治省消防庁防災課が監修し、財団法人消防科学総合センターが製作した「視覚障害の方々のための防災読本(以下、「防災読本」という。)」の内容を基礎としながら、本市の実情に応じた内容とした。
- (2)平成9年度に本市が作成し、市内全世帯に配布した「防災の手引(一般家庭向)」の内容を基本にしながら、視覚障害者の実状に応じた理解されやすい基本的な内容とし、防災上の留意点を呼びかける内容とした。
■北九州市『声の防災の手引き』の特徴
- (1)ボランティア団体等と行政が“協働”で作成
テープの作成にあたっては、多くの関係者の協力をいただいた。消防局防災課で原案を作成し、編集と監修は、福岡県立北九州盲学校、シナリオ朗読と監修は、障害福祉ボランティアの北九州市点訳朗読奉仕者団体連絡協議会・水曜会、カセットテープヘの録音と各世帯への配布は、北九州市立点字図書館と北九州市社会福祉協議会の協力を得た。
このように、ボランティア団体、学校、社会福祉協議会、行政が一体となって、「声の防災の手引き」を作成することができた。いわゆる、関係団体と行政が“協働”で創り上げたものである。 - (2)視覚障害者に理解されやすい内容を多く掲載
視覚障害者に理解しやすい具体的な例を多く揚げ、災害予防、災害発生後の対処方法を中心に掲載し、併せて視覚障害者と同居する家族に対しても、防災上の留意点を呼びかける内容としている。例えば、風水害が心配される時に雨量を知る方法として「1時間に雨量が15~20ミリでは雨音で声が聞き取りにくくなる。…30~50ミリの時はバケツをひっくり返したような雨で、場合によっては避難の準備をはじめる必要がある。」等、音の目安を紹介したり、「視覚障害者は、暖房器具やガス・電気機器の点検に関して、安全点検を自分でし難いため、故障して危険な場合でも気が付かないことがある。それで、周りの人の協力を得ながら点検を受けること。」等、視覚障害者の特性を踏まえながら呼びかけた。 - (3)本市の特性を配慮した内容を記載
過去、本市に大きな災害をもたらした台風や梅雨などの風水害に対する内容を掲載するなど、本市の災害状況に応じた内容としている。また、本市で高齢者や身体障害者のために設置をすすめている「緊急通報システム」、平成10年12月に策定された本市の「震災対策基本方針」なども併せて紹介し、防災啓発以外にも防災施策の紹介を織り込んだ内容としている。
視覚障害者のための北九州市「声の防災の手引き」カセット
各世帯への配布準備
シナリオ朗読及び監修
カセットテープへの録音
「声の防災手引き」を使用した防災に関する授業
苦労・成功のポイント
- 1.視覚障害者にどのようにして伝えるか
「声の防災の手引き」のシナリオの作成にあたり、視覚障害者にどのようにして伝えるかが問題となった。点字による方法も考えられるが、現在増加傾向にある中途失明者に、点字未習得者であることが多いことが調査結果によりわかり、カセットテープによる音声の伝達方式をとることにした。 - 2.視覚障害者が理解しやすい内容・表現
他都市における視覚障害者に対する防災啓発状況を調査しても、カセットテープによる啓発実績は他に例が少なく、視覚障害者に対して理解しやすい内容とするためにどのような表現にすればよいのか、原案の作成には大変苦労した。
唯一の資料であった「防災読本」(自治省消防庁防災課監修、財団法人消防科学総合センター製作)の内容を基礎としながら、消防局の関係各課と協議し、本市の実情に応じた原案(A版:12ポ・24枚分)を作成した。原案の校正を視覚障害者の実情に詳しいボランティア団体にお願いしたところ、校正は3度にも及び何度も検討を図った。また、福岡県立北九州盲学校にも監修をお願いし、視覚障害者に対する専門的な知識等のアドバイスを受けた。
このように、原案の作成には、多くの方々の“協カ”と多くの時間”を費やし、延べ半年間をかけ完成することができた。 - 3.カセットヘの朗読録音、ダビング、配布方法
視覚障害者に対する音声訳の技術がなく録音方法が問題になった。市の関係各課に問い合せたところ、音声訳を研究し、盲学校などで対面朗読活動を行っているボランティア団体があることがわかり、台本の朗読と録音をお願いしてマスターテープを完成することができた。
次に、完成したマスターテープをダビングし、配布する方法が問題になった。市内には多くの視覚障害者が居住しており、ダビングし配布することは大変な作業である。
調査したところ、北九州市立点字図書館にダビング装置があり、そこで北九州市社会福祉協議会(障害福祉活動やその助成を行政機関とともに行っている団体)が、視覚障害者のために役立つ情報をカセットテープに録音し、配布していることがわかり、「声の防災の手引き」のマスターテ-プをダビングし配布することをお願いした。
このようにして、北九州市立点字図書館に登録されている視覚障害者約450世帯に「声の防災の手引き」を配布することができた。
成果・展望
- 1.これまで難しかった「視覚障害者に対する防災啓発」を実現
本市では、健常者に比べ視覚障害者に対する防災啓発が遅れていたのが現状であった。
しかし、「声の防災の手引き」を作成し配布したことにより、視覚障害者は点字の未習得にかかわらず、また視覚障害者の都合のよい時にカセットを聞くことが可能となり、効果的に視覚障害者に防災啓発をすることが実現できた。 - 2.視覚障害者だけではなく、その家族などにも同時に防災啓発
「声の防災の手引き」には、視覚障害者自身の災害時の対処法に加えて、周りの者の対処法も併せて紹介しているので、視覚障害者と家族などが一緒に聴くことで、視覚障害者に対する災害時の安全性の確保を図ることができた。 - 3.視覚障害を持つ転入者や未配布者に対して、積極的に配布
今後は、視覚障害者の転入者や未配布者に対して、地区安全担当制度(消防職員が自治会単位で担当区域を持ち、防災啓発や自主防災組織の育成等を行う制度)を通じ、積極的に配布を行っていく予定である。 - 4.障害者の災害に対する不安を軽減
視覚障害者は、周囲の状況が把握できないため、災害が発生した際は健常者より心理的に大きな不安を感じるといわれている。
「声の防災の手引き」は、災害に対する対処法、災害に対する備えなど視覚障害者に理解しやすい具体的な例を多く紹介し、カセットを配布した視覚障害者からは、「災害が発生した時、不安であったが、災害に対する対処法などを知ることができ、以前より災害の対処法に自信が付いた」という電話をいただき、障害者の災害に対する不安を軽減できたと考えられる。 - 5.その他
その他、視覚障害者やその家族の方から配布依頼の電話が多数あり、また他都市やテレビ局、新聞等のマスコミの反響も大きく、問い合わせ等も数十件にのぼった。例えば、他都市のボランティア団体から「『声の防災の手引き』を作成したいので、ノウハウを教えて下さい」という問い合わせや、他都市の消防本部から「今後の視覚障害者に対する防災啓発に活用したいのでシナリオを郵送して下さい。」という問い合わせもあった。
実施期間
平成11年~継続中
団体概要
- ・北九州市点訳朗読奉仕者団体連絡協議会・水曜会(会員数:約30人)
- ・北九州市社会福祉協議会(構成員:約150人)
- ・福岡県立北九州盲学校(職員数:65人)
- ・北九州市立点字図書館(職負数:10人)
- ・北九州市消防局(職員数:998人)
実施期間
約160.000円(カセットテープ代等)