第03回防災まちづくり大賞(平成10年度)

【消防科学総合センター理事長賞】高齢者にやさしい住まいづくりを目指して~建築市会と消防本部の合同研究会発足~

【消防科学総合センター理事長賞】高齢者にやさしい住まいづくりを目指して~建築市会と消防本部の合同研究会発足~

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新潟県建築士会三南支部見附ブロック会
・見附市消防本部(新潟県見附市)

事例の概要

「高齢者にやさしい住まいづくり」の研究を始めた根底には予防救急と防火対策に偏った家の安全指導に対する反省がある。平成3年、救急救命士法が制定されて以来、消防の救急業務は救命率の向上を第一の目標に掲げ、医療機関との連携強化や救急隊の高度化、そして人工呼吸や心臓マッサージなどの普及に努めている。
 しかし考えてみると、これらの救命率向上対策は事故に遇った人、病気になった人に対するもので、救急死亡事故の対象にならないよう「今、健康な人」に対する救命率も向上させる対策が同時に必要になっている。また、従来、消防は家の安全について防火を専門に指導してきたが、家の中では火災死者の何十倍もの人が救急事故で亡くなっている。もちろん防火対策も推進しなければならないが、その不備よりも別の原因ではるかに多くの人がケガ、または死亡している現実を直視すると、防火一辺倒でなく幅広く家の安全を考えた総合的な対策が重要のように思われる。
 そんな中、トイレや風呂場での事故、ちょっとした段差による転倒など、本来最も安全であるはずの家の中での救急事故が全出動件数の半数を超えるようになり、中でも高齢者の事故が目立っている。そして、現在、高齢化社会・福祉社会といった中で、段差を無くしたり、手すりを付けたりと、行動の障壁を取り除くバリアフリー住宅に関心が高まっているが、果してそれだけで高齢者の安全が約束されるのか。確かに廊下や階段でのつまずき、転倒、転落といった救急事故は多く発生しているが、幸いなことに見附市では過去3年間、死亡者は一人もいなかった。よって、特に心配される死亡事故の防止について、バリアフリーと別の視点で対策を考える必要があるのではないかと考えた。家庭内救急事故で最も死亡率が高いのは、風呂、トイレなどの密室における病気がらみの事故と、困ったとき助けを求めにくい高齢者世帯の事故である。
 そこで、見附市消防本部では、このようなことを具体的な数字を含め、新潟県建築士会三南支部見附ブロック会に情報として提供したところ、「高齢者にやさしい住まいづくり」について一緒に研究する話が持ちあがった。合同研究会では、消防が日常の救急、火災出動体験から感じた安全に対する考えに、建築士会がバリアフリーをドッキングさせて専門的な設計プランを練り、従来にない新しい住宅づくりを追求した。そして、1年間の研究成果を11月9日、119番の日に発表した。
 消防の提案した主な安全対策のポイントは次のとおりである。

  • 1. 一刻も早く密室の異常を知らせる工夫と浴槽段差の改善。
    入浴中に発病して湯に溺れたり、狭いトイレで体を曲げたまま倒れているという救急事故は、家族の発見時期が救命の決め手となる。また、浴槽の埋め込み段差が大きいと、高齢者にとって入り易くとも出にくく、長湯をして茹(ゆだ)ると出れないことがある。
  • 2.食事中の窒息事故や容態の急変を見逃さないよう、いつでも家族が一緒に気軽にくつろげるような寝たきり者の部屋の工夫。
  • 3. 冷蔵庫やテレビなど大型家電を動かせない高齢者のために、トラッキング火災を防止するコンセント設置位置の工夫。
  • 4. 一人暮らしや高齢者世帯の安全を守る工夫。
    • (1)来訪者や隣人との接点を増やす間取りや敷地通路について。
    • (2)家のバイタルサイン(天候や時刻に応じた洗濯物の出し入れ、カーテンや窓の開け閉め電灯の点滅、新聞や郵便物の取り入れ等)の分かりやすい建物配置や間取りについて。
    • (3)隣人との緊急連絡通路の設置について。

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発表会の様子

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20分の1の模型モデルハウス

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合同研究会の様子(設計図を手に意見交換)

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夜遅くまで続けられた展示パネルづくりの様子

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20分の1の模型もモデルハウス

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発表会の様子

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研究会発足当初、消防スタッフが主な安全対策を図面にして建築士会スタッフに示したもの(プラン1)

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研究会発足当初、消防スタッフが主な安全対策を図面にして建築士会スタッフに示したもの(プラン2)

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モデルハウスの設計図をパネルにして展示

苦労・成功のポイント

 この研究会は建築のプロと救急のプロといった、全く異なる分野の業種が合体したもので、当然のことながら発足当初から意見対立があった。トイレのドアに足下が見える工夫、お風呂に覗き窓を設ける、隣家との連絡通路を設ける、垣根を低くし敷地をオープン化するなどといったプライバシーの無視。そして日本古来の鬼門を全く無視した家づくりを提案し、「安全のためには不便さも必要」と主訴する消防スタッフに対して、プライバシーの侵害などは無視できないと「家づくりは快適、利便性が最大の美徳」と考える建築士会スタッフが、どこまで歩み寄り、具体的な住宅プランが市民に提案できるか課題となった。
 そのようなことから、研究会を重ねる度に図面は書き直しの連続であった。また、この研究会は消防、建築士会の有志が集まったもので予算も一切無しの自主研究会として発足された。よって展示した模型モデルハウスや展示パネルは全て、ありものの材料を使用しての手づくり品でその作業は何日も夜遅くまで続けられた。
 いずれにせよ、消防と建築士会といった異業種の研究会は、大胆かつ様々な発想を生みだし従来の家づくりにない新しい提案ができた。

成果・展望

 2020年には9世帯に1世帯が高齢者の一人暮らしといわれるなど、事故や病気時に自力で対応できない人、発見の遅れる人が増え続けている。しかし、これら高齢化社会の諸問題を暗いイメージで語るのではなく、親子愛、地域愛を育む家づくりを通して、皆が健康で張り合いをもって長生きして良かったと実感できるまちづくりの可能性を市民に提起できたことは成果の一つである。また、住宅内救急事故の増加により、「気をつけてね」は、「ただいま」のあとにも言ったほうがいい現実を市民から驚いてもらったことも同じく成果の一つだった思われる。
 そして、今後も消防の持てる知識、情報、危険認識などを積極的に関係機関、業界に提供し、市民にフィードバックできたらと考えている。
 研究会は産声を始めたばかりで、課題は多々あるが、今回提案したプランを一人でも多くの人に受け止めていただくために、更にいろいろな業種の方々を巻き込んだ研究会に発展させ、トータル的に安全で健康に住める「高齢者にやさしい住まいづくり」を目指していきたい。

事業年度

平成9年度3月から継続中

団体の概要

 新潟県建築士会三南支部見附ブロック会・会員数80名(うち研究会スタッフ15名)
 見附市消防本部・職員数51名(うち研究会スタッフ5名)