第16回防災まちづくり大賞(平成23年度)

【消防科学総合センター理事長賞】緑の防火力を活かした安全な避難場所づくりへの提案

消防科学総合センター理事長賞(一般部門)
緑の防火力を活かした安全な避難場所づくりへの提案

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東京農工大学 緑の防火力調査プロジェクト
(東京都府中市)

事例の概要

 本プロジェクトの目的は、大震災時の二次災害として発生する大規模火災の延焼拡大を「緑の防火力」によって阻止し、避難場所を中心とする地域の安全性を高める方策を提案することである。

■経緯

 大地震では二次災害として都市域で大規模火災が発生する危険性が高い。しかし、ライフラインの機能停止や道路遮断により直接的な消火は不可能になることが予想される。延焼防止策としては建物の不燃化やオープンスペースが考えられるが、その確保にはさまざまな困難を伴う。一方、1923年に発生した関東大震災では、陸軍被服廠跡と旧岩崎邸では樹林の有無が避難した人々の生死を分けたことはあまりに有名である。このことに着目し、本プロジェクトでは、これまでの情報を整理して地域の「緑の防火力診断」のための調査方法を検討し、緑の防火力を最大限に発揮できる安全な避難場所のあり方について、様々なスケールと様々な地域で、実証的な検討を重ねてきた。

■内容

 1980年代の初期の段階では、緑の防火力に対する調査方法の検討を進めたが、平成8年からは、東京23区全域の火災に対する安全性について「防火力分布図」を作成し、全域の防火力を診断し、避難場所から遠い危険な地域と新たな避難緑地創造の可能性のある地域を抽出した。次に、抽出された危険地域のうち23区西部地域(杉並区・中野区・練馬区)と23区北東部地域(北区・荒川区・足立区・葛飾区)を対象に、現地で避難場所を中心に詳細な緑の防火力調査を行い、安全な避難場所に改善するための具体的な提案を行ってきた。さらに詳細な解析では、一時避集合所と、避難場所までを結ぶ避難路も調査を行い、一連の避難経路に対する安全性の現状と課題について議論した。現在は、人口の密集している郊外の大都市、八王子市において、より実態にあった防火力の調査方法を検討し、避難場所・避難路を対象に調査・診断を実践している。

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樹木調査の様子

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避難所の緑の防火力診断図

苦労した点

  • 1. 避難場所における火災に対する安全性の現状をより正確に反映する調査方法・診断方法を構築するため、30年以上にわたって調査手法、解析方法の改善を積み重ねた。
  • 2. 敷地外から樹木の状況を把握できない避難場所があった場合には、事前に手紙や電話などで研究内容を説明し、敷地内調査の許可をもらうなどした。
  • 3. 調査対象地域のまちづくりや防災対策の現状を把握するために、役所を訪問してその内容や課題を聞いたり、住民参加の防災訓練等に参加するなどして、植生に偏った考察にならないように努めた。

特徴

  • 1. 樹林や樹木の防火力を活かし、地域にあった避難場所・避難路の防火効果を向上させる具体的な提案を行っている。この緑の防火力を現地調査から地域という広域スケールまで診断する試みは、国内・海外で他に例がない。
  • 2. 現状の防火力をより正確に反映する調査・診断方法を提案しているが、診断方法と内容は誰でも利用できるよう簡便性に配慮している。このため、植物の専門家でなくても、問題地域が診断でき、実際の安全性を高める緑地の造成にも貢献できるものである。
  • 3. 緑の防火対策は空きスペースを有効に活用できる特性を持ち、その建設は空間に緑を増やすことにもつながり、環境共生都市を目指す現代のまちづくりのニーズにも合っている。

委員のコメント(防災まちづくり大賞選定委員 重川 希志依(富士常葉大学大学院環境防災研究科教授))

 首都直下地震の発生とそれに伴う深刻な被害が懸念されるなかで、様々な防災対策が進められている。大正12年に起こった関東大震災では、東京、横浜などで地震火災による深刻な被害が発生し、死者の大部分はこの火災によるものであった。90年近くが経過した今、東京の都市構造は大きく変化したが、依然として地震火災の危険性は残されたままとなっている。
 本事例は、東京が抱える地震火災危険度の低減を目指し、東京農工大学の学生や大学院生が主体となり、樹木の防火力をまちづくりに生かすための取り組みである。環境問題の側面から緑化の重要性が語られることは多いが、本プロジェクトに参加した学生さんたちは、大学の講義で樹木が防火に役立つことを初めて知り、樹木の持つ「人の命を守る力」に強いインパクトを感じたという。また、環境問題だけで緑の大切さを訴えられるだろうか?もっと科学的に樹木の大切さを訴えていくには、防火機能を全面に打ち出すことによって、もっと強力に都市の緑化を進めていくことができるのではないか、と考えたという。緑の研究対象として山や自然をフィールドにしないで、都市をフィールドに選んだ視点もユニークといえる。
 樹木を都市の中に増やし、緑化を進めることは地震時の火災対策のみならず、多様な効果が期待されるが、若い世代の人たちがこの点に気づき、熱心に研究を進めてくれたことは、まことに頼もしい限りである。プロジェクトに取り組んだのは全員女性であり、そのうちの何人かは都内の区役所に就職が決まった。新たな職場で、住民に樹木の大切さを訴えながら、まちづくりに取り組んでいきたいという抱負を語ってくれた彼女たちにエールを送りたい。

団体概要

 本団体は、国立大学法人東京農工大学農学府植生管理学研究室において、福嶋司教授の指導の下、歴代の研究室所属学生が参加して活動を続けてきたものである。これまでにこのプロジェクトに参加した学生数は、学部生7人、院生3人であり、今回、報告した内容は卒業論文、修士論文のテーマとして取り組み、調査を行ってきたものである。

実施期間

 1980年~2011年(継続中)