(4)立ちのぼる煙

(4)立ちのぼる煙


(四)立ちのぼる煙

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被服廠跡にはその後多くの人々の家族が、もしやそこに生き残つては居まいかとさがしに来た。名を呼ぶもの、死骸の間をたづねるもの、初めの内は張りつめた力で、一心にたづねたが、なにしろ数万のおびたゞしさに、遂には疲れはてゝ、死の山にたゞ茫然と立ちつくしたさうである。いづれも同じ姿になつた人の中から、見覚えの柄を尋ねる為に、私の知人は、瓶に入れた水を持つて、一つ一つ帯と覚しきものを洗つて見た相だ。二日に渡つて四百何人の帯を洗つたが、この十倍も百倍もの死体を見て、人間の力でどうする事を出来ないとあきらめ、ト息と共に誰れの霊に対してともなく合掌念佛して立ち去つたといふはなしをした。
死体を片付ける仕事に従事するものの日当の高、金はほしいが、忌まはしい仕事はイヤだといふはなし、焼け残つた人々の間に、そうした物質の論議がかまびすしい間に、いつか日は暮れて、暗い夜が醜さも忌はしさも包みつくして仕舞ふ時、死の場所をそのまゝの鳥辺野として、幾日か夜をこめて立ちのぼる青い焔と白い煙とに、人々は佛の姿に変つて行く。