1 はじめに
植物油を含有した塗料、アロマオイル等を拭き取ったウエス等が酸化発熱し、出火する事例が全国で数多く報告 されている。
堺市消防局管内においても年間数件の事例が発生しており、これまでは現場見分状況、関係者の供述状況及び燃 焼実験の結果から得られた情報をもとに出火原因を推定していたところである。今回、出火原因の裏付けのために 残渣物を収去、鑑定を実施し原因判定に至ったため、火災事例及び鑑定方法について紹介を行う。
作業場内の焼損状況
出火箇所付近の状況
2 火災事例
- (1)出火年月 平成23年10月
- (2)出火場所 大阪府堺市A区
- (3)出火箇所 鉄骨造2階建作業場1階床面付 近
- (4)被災状況 作業場10㎡焼損等(部分焼)
- (5)気象状況
天気:晴れ、風向風速:南南 東2m、気温:20℃、湿度:55% - (6)火災概要
当該作業場では家具製作工程の最終段階である塗料の塗布を行っていた。出火当日は9時から17時30分頃まで作業 を行っており、19時30分頃に従業員は作業場の施錠を行い帰宅している。関係者によると、出火箇所付近には塗料 の塗布作業で使用していたウエスをゴミ袋に入れ廃棄していたとのことである。 - (7)塗料概要
B社製塗料(亜麻仁油23.5%、アルキド樹脂18%、ミネラルスピリットw50~60%、ベンジンアルコール5%以下 、着色剤3%、乾燥助剤0.5%以下、有機アミド系化合物0.5%以下)
3 鑑定方法
- (1)メチルエステル化の原理
動植物油の主成分である脂肪酸(例:リノール酸、リノレン酸、オレイン酸等)はグリセリンに3つの脂肪酸がエ ステル結合したトリグリセリドの状態で存在するが、そのままガスクロマトグラフ質量分析計(以下、「GC-MS」と 記載する。)に導入してもピークは検出されない。しかし、メチルエステル化し、脂肪酸メチルエステルに変える ことにより、GC-MSで検出できるようになり、脂肪酸の有無を確認できる。(下図参照) - (2)メチルエステル化の方法
- ①植物油の抽出
フラスコに残渣及びヘプタンを入れ、40℃で1時間撹拌しながら残渣中の油分を抽出し、ろ過する。ヘプタンは気 化しやすいので、還流冷却器で蒸気を冷却しながら行う。 - ②メチルエステル化
①の液に、メタノールに触媒(水酸化ナトリウムと塩化ナトリウム)を溶かしたものを加え、抽出と同様に40℃ で1時間撹拌しながら反応させる。反応後は2層(上層:ヘプタン+脂肪酸メチルエステル、下層:メタノール+触 媒)に分離するので、上層のみ取り出す。
- ①植物油の抽出
- (3)GC-MSによる分析
- ①注入
(2)②で取り出した液からヘプタンを気化させ、脂肪酸メチルエステルを濃縮した後、ジエチルエーテルを加え、 シリンジでGC-MSに注入する。 - ②物質の同定
残渣に含まれる成分と純品に含まれる成分を比較し、油種を特定する。メチルエステル化装置(還流冷却器)
- ①注入
4 燃焼実験事例
上記鑑定方法を検証するため、亜麻仁油を含んだ塗料及びサラダ油をウエスに染み込ませ、金属製容器内で酸化 発熱させた後、得られた試料をメチルエステル化し、GC-MSで含有成分の分析を行い、純品と比較した。
(1)塗料(亜麻仁油)を含んだウエス
実験に使用した塗料
燃焼実験後の試料
塗料の残渣と純品の成分比較(主成分のみ抜粋)
(2)サラダ油(大豆油、なたね油)を含んだウエス
実験に使用したサラダ油
燃焼実験後の試料
サラダ油の残渣と純品の成分比較(主成分のみ抜粋)
- (3)燃焼実験の考察
両試料のGC-MSの結果を比較すると、ほぼ純品と一致しているが、残渣にはリノレン酸メチルエステルのピークは現れなかった。この原因としては、熱に弱いリノレン酸が燃焼熱の影響を受けたことが考えられる。
本実験より、メチルエステル化を行うことで、脂肪酸メチルエステルの含有の有無から植物油の含有の有無を特定できると考えられる。
しかしながら、ほとんどの植物油は、同様の脂肪酸を主成分としているため、油種を特定するのは難しいと考えられる。
5 出火原因
上記の鑑定方法により、残渣には主に4つの脂肪酸メチルエステルのピークが現れていた。4(3)で述べたように、この結果から植物油の含有は確認できるが、ほとんどの植物油は、これらの脂肪酸を主成分としているため、検出された脂肪酸メチルエステルの種類から、油種を特定するのは困難である。また、成分比もかなり幅を持っている ので、成分比から特定することも困難である。
しかし、塗料には、その他の成分も含まれていることから、その他の成分の比較も行い、植物油の含有とその他の成分のピークの一致から、残渣中に含まれる油分は、当該塗料のものであると特定した。
◎出火原因…塗料(亜麻仁油)を含んだウエスの自然発火
火災残渣と塗料の比較(主成分のみ抜粋)
6 まとめ
火災現場から収去した残渣に含まれている油分の検出に当たり、焼損状況及び関係者の証言から、残渣中には植物油が含まれている可能性があると考えられた。
植物油は、GC-MSで直接分析をすることは不可能であるが、前処理として残渣をメチルエステル化することにより、植物油中の脂肪酸を検出することが可能となり、植物油の酸化蓄熱発火を裏付ける原因調査方法を確立すること ができた。
しかしながら、植物油をメチルエステル化するには還流冷却器等の装置が必要となることや、前処理だけで約2時間かかることから、今後の課題として簡易な装置及び処理方法を検討していく必要がある。
7 おわりに
現在は市民の情報公開に関する意識が高まっており、消防に対して正確な原因調査結果が求められる中、本事案においては実験及び鑑定の実施を通して信頼性の高い出火原因の判定を行うことができた。今後は火災調査結果を市民に周知し、同種火災の再発防止を図っていく必要があると考える。