1 はじめに
本市において、本題のスターター・モーターが出火原因の火災事例は、過去5年間で5件発生しています。いずれもエンジン回転後のスターター・モーター過熱による出火でした。本出火事例は、メーカー立会いのもと行われた実況見分をまとめたものです。
2 火災の概要
(1)出火日時 | 平成20年11月29日(土) 13時13分頃 |
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(2)覚知日時 | 平成20年11月29日(土) 13時15分(119番通報) |
(3)気象状況 | 天候:快晴 気温:14℃ 相対湿度:49% |
(4)発生場所 | 名古屋市天白区植田一丁目地内 |
(5) り災車両 | ア 製造会社 ***自動車株式会社 イ 品名(車名) ***** ウ 排気量 2,990㏄ エ 製造年月 平成9年9月 オ 走行距離 11万1,580㎞ |
写真1 り災車両を見る
3 現着時の焼き状況
- (1)車両外周部
車体及び車内に焼きは認められない。 - (2)エンジンルーム
- ア エンジンフードを持ち上げると、車両に正対して、右寄り部分の防音材に約10㎝の焼き箇所が認められる。
- イ エンジン本体とエアクリーナーとの間にスターター・モーターがあり、褐色に変色している。また周辺の配線(ワイヤーハーネス)の被覆が溶融、または炭化している。
- ウ スターター・モーターの上部をオートマチック・トランスミッションの変速シフトケーブルが通っており、その樹脂被覆が一部溶融し金属ケーブルが露出している。
4 実況見分
- (1)日 時
平成20年12月15日
13時00分から15時30分まで - (2)場 所
名古屋市昭和区
正規ディーラー
本社サービスセンター - (3)参加者
メーカー技術担当、ディーラー・サービス部、使用者、消防局及び所轄消防署 - (4)見分結果
- ア 車体下部
燃料、エンジンオイルの漏洩、飛散はない。また排気系統及び燃料系統から出火の可能性を示すものは認められない。 - イ エンジンルーム
スターター・モーター及びその周辺の配線とハーネスが焼きしているが、他に焼き箇所は認められない。(写真2)写真2 スターター・モーターを外して見る
- ウ スターター・モーター
外観全体は黒褐色に変色している。エンドカバー部分は黒色に変色し、同色の溶融物が付着している。マグネット・スイッチの外観は金属色を示し、エンドフレーム部のみ黒色の変色を認める。エンジンとの取り付け箇所周辺は茶褐色または黒色の炭化物の付着が認められる。スターター・モーターを取り外すと、ピニオン・ギヤは押し出されている状態である。ピニオン・ギヤに破損は認められない。(写真3)写真3 スターター・モーター
バッテリーのプラスターミナルからの電線を見分すると、所々ビニルの被覆は溶融し銅線が露出している箇所がある。電線保護の樹脂製可とう電線管はB端子付近が完全に焼失し認められないが、バッテリー端子に近いほど溶融変形するも残存している。また、電線をB端子に固定するナットに変色等の異常は認められない。
M端子及びC端子に接続する電線は、ビニルの被覆がすべて焼失して銅線が露出している。M端子のナット等は焼焦し変色している。C端子は樹脂製コネクタで、黒く変色して電線の差込口周辺は溶融している。
マグネット・スイッチのエンドカバーを外すとプランジャの一部が認められる。スイッチ周囲には黒色のガスケットが取付けてあるが、変形・変色はない。
さらにプランジャを引き抜くとメーン接点部分に細かな凹凸の変形及び茶褐色の変色を認め、周囲に茶褐色の金属粉が付着している。
マグネット・スイッチに接続するM端子、C端子及びB端子を見分すると、M端子のターミナルボルトと呼ばれるボルト頭部の変色が著しい。C端子からホールディング・コイル及びプルイン・コイルへ接続する電線は赤褐色に変色しているが、緩みは認められない。B端子はメーン接点とターミナルボルトに変色の違いを認めない。(写真4、5)写真4 エンドカバーを外して見る
写真5 メーン接点を見る
引き抜いたプランジャを見分すると、本体にガタツキは無く、機能に支障をきたすような金属同士が擦れた箇所も認められない。リターン・スプリングに貫通するプランジャの心棒は、分解整備の仕様書を見るとグリースを塗布する部分だが脂分はごくわずかである。
プランジャの末端でメーン接点に接触する箇所は、変形、変色が認められる。(写真6、7)写真6 プランジャを見る、写真7 メーン接点を見る
モーターはアーマチュアが光沢のある赤銅色に変色し、内部に細かな炭化物が付着している。フィールド・コイルの絶縁体は炭化、一部剥離が認められる。また、ブラシホルダー及びブラシは、光沢がある黒色に変色している。(写真8~10)
写真8 アーマチュア
写真9 フィールド・コイル
写真10 フィールドとブラシ周辺
オーバランニング・クラッチが内蔵されたクラッチ・ギヤを見分すると、クラッチ・ローラ、スプリング等に機能異常は認められない。(写真11、12)
写真11 減速ギヤ
写真12 ピニオンシャフト周辺部品
- エ リング・ギヤ
フライホールの外周にあるリング・ギヤに変色及び破損は認められない。 - オ 電気系統
バッテリー端子及び固定金具等に緩みはない。ヒューズはエンジンルーム内に電装系及びブレーキ系が設置され、車内にアクセサリー系がある。ヒューズの断線は、アクセサリー系のラジオ電源(ブレード型15アンペア)のみで他に異常はない。
- ア 車体下部
- (5)出火原因
モーターの変色が強く、アーマチュアの変色及び絶縁物の焼き状況からモーターの過熱による輻射熱により、スターター周辺の配線被覆から出火した可能性は高い。
スターター・モーターをエンジンから取り外し見分したところ、マグネット・スイッチによりピニオン・ギヤを押し出した状態を見分したことから、ピニオン・ギヤはリング・ギヤと噛み合い、モーターを駆動していた可能性がある。また、マグネット・スイッチのプランジャ接点に変色及び凹凸の変形が認められ、接点が溶着した可能性がある。
5 結論
スターター・モーターのマグネット・スイッチが故障し、エンジン始動後もプランジャが吸引され、メーン接点が閉じたままになったことと、スターター・モーターのオーバランを防止するオーバランニング・クラッチが何らかの原因で正常に機能せず、スターター・モーターのピニオン・ギヤがリング・ギヤと噛み合ったままクランクシャフトの高回転に引きずられ過回転を続け発電状態となり、スターター・モーターが発熱し、周辺の配線被覆から出火したものと認定する。
6 おわりに
本火災事例は、幸い火災の発見・消火が早く、焼き箇所がスターター・モーターの周辺に限られていることから、原因究明に要する時間は比較的短く済みました。
通常、焼けただれた車体から火災原因を特定するのは至難の業であり、「ドライバーの証言」が得られない火災事案はなおさらです。
道路運送車両法では、スターター・モーターは定期点検の点検箇所に該当しません。また、オーバランによるスターター・モーターからの異音は、整備士ですら経験することは稀と聞きます。自動車の使用年数が延びる中、車両火災の原因調査は、構造の熟知は勿論、発火・燃焼のメカニズムを推理することが肝要であると考えます。
参考文献
自動車整備士養成課程教科書 三級自動車ガソリン・エンジン
社団法人日本自動車整備振興会連合会 平成20年2月 第三版4刷