1.はじめに
倉庫火災で急激に火炎が拡大し、その濃煙熱気に巻き込まれた消防職員1名が殉職するという事故が発生した。神戸市消防局では、学識経験者、市民代表、消防職員からなる事故調査委員会を立ち上げ、事故原因の究明にあたるとともに、再発防止策に関する提言をいただいた。
ここでは、急激に火炎が拡大した原因について調査した結果、および事故調査委員会からいただいた提言に基づき、現在当局で取り組んでいる対策について紹介する。
2.火災の概要
2.1 時間経過、出動部隊
発生日時 | 平成21年6月1日 10時12分ごろ |
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覚知日時 | 同日 10時17分 |
鎮圧日時 | 同日 23時16分 |
鎮火日時 | 平成21年6月2日 2時21分 |
出動部隊 | 消防車両41台、ヘリコプター1機、消防艇1艇 |
出動人員 | 178名 |
2.2 被害程度
鉄骨準耐火造3階建ての倉庫兼作業所1棟延べ4,715㎡のうち3,484㎡を焼損し、建物内で消火活動にあたっていた消防職員1名が殉職した。
2.3 対象物概要
小麦製粉工場敷地内にある倉庫兼作業場で、お好み焼き粉などのミックス粉の製造(粉の混合作業)、小麦胚芽の焙煎(焼き色をつける)等の作業を行っていた。倉庫内には小麦粉類が約300t貯蔵されていた。また、この建物の北半分は関連会社が区分占有し、倉庫内の小麦粉を使用して冷凍ピザを製造していた。
2.4 出火時の状況
出火室では、小麦胚芽を焙煎する作業を行っていた。室内には別の作業をしていた従業員が1名いた。「ボン」という音がしたので見ると、ロースターの上方にあるフィルタータンクから炎が噴出していた(図1)。
図1 第一発見時の状況
2.5 事故発生時の状況
先着消防隊が現場到着した時点の倉庫内は、うっすらと煙はあるものの、見通しはよく、屋内に進入し、消火活動が可能と判断できる状況であった。そこで、まず小隊長と隊員1名の2名が屋内進入して消火活動を開始し、その後少し遅れて他の隊員1名も屋内進入し、消火活動を開始した。3名で消火活動を開始してまもなく、天井部分から濃煙が渦巻くように急激に噴出し、一気に視界が失われた(図2、3)。
小隊長は危険を察知して撤退を命令し、自らも退避したが、2名いた隊員のうち1名が退避していなかった。直ちに他の消防隊と連携し、救出すべく再度屋内進入したが、屋内の濃煙熱気はすさまじく、隊員の姿を確認することができなかった。
その後、特別高度救助隊を含む消防救助隊が、繰り返し屋内進入して救助活動を試みたが、開口部が少ないために充満した濃煙熱気に阻まれ、なかなか行方不明となった隊員を発見することができなかった。
重機で壁体破壊するなど懸命な消火・救助活動を続け、救助活動開始から9時間後、救助活動中の特別高度救助隊が行方不明の隊員を発見した。
図2 隊員不明時の状況変化(イメージ)
図3 建物概略図およびサンドイッチパネル施工状況図(灰色太線及び斜線)
3.延焼拡大要因について
3.1 建物構造
この倉庫兼作業所は昭和51年に竣工し、当初は鉄骨に外壁と屋根を鉄板で葺いたのみの建物であった。その後、平成15年に1階の使用部分全体と3階の東側3分の1程度を「サンドイッチパネル」という、断熱材を芯材とし、その両面を薄い鉄板で挟み込んだ建材を用いて、天井・内壁・間仕切壁の内装工事を行っていた(図3)。
現場建物で使用されていたサンドイッチパネルは、断熱材として硬質ウレタンフォームが使用されており、0.4㎜の鉄板で挟み込み、目地部分は塩化ビニル樹脂で処理されていた(写真1)。
天井はいわゆる吊り天井の施工方法と同様であった(図4)。
写真1 サンドイッチパネルサンプル
図4 サンドイッチパネル天井施工図
3.2 現場の状況
薄い鉄板が天井や壁から多数垂れ下がっている状況が確認できる。製品置場では全ての吊り天井が落下しているが、パッカー室や胚芽室では鉄板は落下しているものの、吊り天井自体は落ちずに残っている。保管されていた小麦粉の上や、機器の上に天井や壁体から落下した鉄板が覆いかぶさっており、消防隊の消火活動の障害になったが、床面自体には焼け込みや燃えた跡は確認できない(写真2、3)。
また、出火したフィルタータンクから吊り天井までの距離は10㎝程度しか離れていないことが確認できた。
なお、残存している胚芽室の1階天井裏を確認すると、剥離した耐火被覆や焼けた電線が確認できるが、小麦粉や焼けた小麦粉の粉塵は認められなかった。
写真2 製品置場東側の状況
写真3 胚芽室南側の状況
3.3 延焼拡大のメカニズム
火災発生当初、小麦粉を取り扱う工場でもあることから、小麦粉による粉塵爆発の可能性も示唆されたが、現地調査と関係者からの聞き込みの結果から、小麦粉が延焼拡大には関与していないと考えられる。
1階各部屋に吊り天井として施工された、サンドイッチパネルの断熱材が完全に焼失していることから、吊り天井は強い焼きを受けているといえる。出火箇所のフィルタータンクと吊り天井の間隔が10㎝程度であることから、フィルタータンクから出た炎により、サンドイッチパネルの断熱材は、容易に着火しやすい状況である。したがって、サンドイッチパネルの断熱材に着火することで、建物全体へ延焼していったものと推定した。
以上の状況を勘案し、延焼拡大メカニズムについては3つの推論を掲げている。今後は他の研究機関等と連携しながら、さらなる延焼拡大のメカニズム解明を進めていきたい。
1 推論1:爆燃現象による延焼拡大
- a フィルタータンクより噴出した火炎により、天井のサンドイッチパネルが高温に曝され、芯材である断熱材から可燃性ガスが発生。
- b 可燃性ガスに着火し、断熱材自ら燃焼を開始。
- c 天井のサンドイッチパネルの下側鉄板がたわみ、端部より可燃性ガスと炎が噴出。
- d 天井板の継ぎ目を介してパッカー室へ順次延焼。
- e 製品置場南東側間仕切壁上部の天井板まで延焼。
- f 製品置場には充分な空気が存在したため、小さな炎と白煙が発生したが、出火室では酸素不足により可燃性物質を含んだ黒煙が発生。
- g 天井裏空間に黒煙と可燃性物質が徐々に充満していき、可燃性物質濃度が爆発限界に達し爆燃が発生。
- h 爆燃により天井裏空間の温度が急上昇し、気体圧力が急増しながら膨張。これにより天井パネル下側鉄板が落下したり、パネルが変形したりして、隙間から黒煙が噴出。
- i 天井パネルの落下、変形により生じた隙間より空気が供給され、天井裏の不完全燃焼領域が一気に活性化し、全面火災へ移行した。
2 推論2:サンドイッチパネルの燃焼速度が急激に変化
aからdは推論1と同様。
- e 製品置場南東側間仕切壁の断熱材に着火、その熱で間仕切壁外側の鉄板が上部から剥がれだし、断熱材が露出することで空気が供給され激しく燃焼。
- f 製品置場東側の天井板は、隣接する東側天井板からの火炎と下方間仕切壁からの火炎の2方向よりあぶられて加熱が促進される(図5)。
- g さらに、製品置場西側の開口部から新鮮な空気が供給されることにより、一気に延焼拡大、外部からの新鮮な空気は下方より流入し、高温の黒煙は膨張しながら上方から降下してくることで、火煙が渦巻くように激しく噴出した。製品置場は東側から延焼しているため、製品置場東側の天井材は早期に受熱により変形し落下した。
図5 延焼拡大イメージ図(推論2fのイメージ)
3 推論3:推論1と推論2が複合的に発生
4.再発防止に向けた取り組み
事故調査委員会からは、事故再発防止に向けた数多くの貴重な提言をいただいた。
当局ではできるものから逐次、対応しているところであるが、そのうち、火災予防対策として取り組みを進めているものについて紹介する。
4.1 内装表示マーク掲示の条例化
昭和52年5月、東京江東区の倉庫にて、消防活動中の消防職員を含む21名が急激な火炎の拡大により負傷するという火災が発生した。この負傷事故の原因が、ウレタンフォーム内装材の爆燃によるものであったことから、東京都では冷凍倉庫等に対し、図6に示すような「内装表示マーク」の掲出を指導している。神戸市でも、昭和54年にウレタン樹脂、スチロール樹脂といった可燃性の発泡樹脂断熱材を壁体・天井・床に使用している冷凍・冷蔵・定温倉庫に対し、「内装表示マーク」の掲示を要綱で定め、以後、これを基に倉庫業者へ指導してきた。
可燃性の発泡樹脂断熱材は、冷凍倉庫のみならず、気密性を活かしてクリーンルーム等、様々な用途で使用されている。そこで、冷凍・冷蔵・定温倉庫に限定せず、可燃性の発泡樹脂断熱材を使用している全ての建物について、「内装表示マーク」の確実な掲示を担保するため、「神戸市火災予防条例」の中に盛り込むべく、作業を進めているところである。
図6 内装表示マークの一例
4.2 災害現場での情報収集方策の検討
企業には従業員を守る義務と、社会の一員として安全面での対策を行う社会的責任がある。
現にレスポンシブル・ケア活動等を通じて自主的保安活動に積極的に取り組んでいる企業も少なくない。
そこで、企業が自主的保安活動として、延焼拡大の要因となる可燃性断熱材の使用状況や消火活動上危険な収容物の有無等、日常的な企業内の潜在危険を把握し、企業自らが管理することによって従業員の安全を守るとともに、火災等災害発生時に、現場で消防隊への迅速な情報提供ができるシステムの構築を検討している。
現在、市内の工業団地に協力を依頼し、5社でモデル事業を進めているところである。
4.3 自主防火管理体制の強化
工場や倉庫等、火災が発生した場合に消火活動が困難な施設の自主防火管理体制を強化するため、防火管理者資格を持った者に防火の管理をさせる体制を義務付けるべく、同じく条例へ盛り込むよう作業を進めている。
5.おわりに
神戸市消防局では、ここで紹介した火災予防面からの対策のほか、警防活動面からの対策も講じ、二度と同様の事故を起こさぬよう、消防局全体で総力を挙げて取り組んでいる。
このような当局の取り組みが、全国の消防機関にも広がり、全国的な火災予防に資するものとなることを期待する。