消防専門知識の提供

火災原因調査シリーズ(51)
インバータ火災インバータ電気スタンドからの出火事例について

1 はじめに

 本火災は、量販店、スーパーなどで販売され比較的安価な値段で手に入れることができる「インバータ電気スタン ド」(以下「電気スタンド」と表現します。)から出火したもので、電気用品及び燃焼機器に係る火災事故等報告( 平成18年9月14日消防予第398号)に基づき消防研究センターに報告した結果、他県でも電気スタンドのトランジスタ に不良が見つかるという類似事案が発生しており、消防研究センター原因調査室と合同で鑑識を実施した事例です。

2 火災の概要

 木造2階建の専用住宅のうち、1階居室の床の一部及び電気スタンド本体等を焼損したもの。なお、初期消火中に関 係者が右前腕部に火傷(軽傷)を負っている。

3 出火前の状況

 関係者が居間の机に取り付けてある電気スタンドのスイッチを入れたのち、他の用事のためそばを離れたが、居間 の方から焦げ臭いにおいがするため戻ってみると、電気スタンドのスイッチ部分が燃えており、約30センチメートル の炎が上がっていたため直ちに消火しようとしたが消火に手間取り負傷した。

4 製品の概要

 本製品は固定用のクリップで机などに取り付け、アームやセードを回転させ適当な位置で固定ノブや調整ねじを固 定して使用する、アーム型の電気スタンドである。
 この電気スタンドは、中国で設計、製造され、日本の販売会社が輸入、販売しているもので、これまでに約30万台 が日本全国に流通している。他にも固定式据え置きタイプ、クランプタイプなどがあり、外観上の違いはあるが本体 内部の基板は同一仕様のものがある。製造後、数回にわたり回路の仕様変更(ステージA~F)を繰り返している。

5 現場見分の状況

 焼損した電気スタンドは、机の角にクリップで取り付けられた状態で、本体の基板付近を基点に焼損し、付近に設 置してある書面台の一部が焼損しているのが認められる。
 書面台には半扇形の焼損が認められ、電気スタンドの本体部の焼損が著しい。(写真1)

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写真1

6 鑑識状況1

 出火箇所を特定するため、電源コードから焼損状況をたどり鑑識を行うと、電源配線及び電源プラグに焼損は認め られない。
 また、電源コードのコンセントプラグ側から173㎝の位置に電気痕が認められるが、X線写真で見ると内部に大き な球形の気泡が中央部寄りに顕著に認められ、二次的な電気痕の可能性が認められる。
 他の配線及びセード部、アーム部にも特異な焼損、電気痕等は認められない。(写真2、3)

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写真2

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写真3

 次に、本体の外部カバー等を取り除き、配線、構成部品の鑑識を行うと、本体の基板部分を中心として焼損が著し いのが認められる。(写真4)

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写真4

 類似する基板と比較し鑑識を行うと、同型の基板はステージA~Fまで6種類の基板が存在しているが、残存した部 品の中にコイル(L3)があることから、この基板はステージ「D」であることが認められる。(写真5)
 焼損していない基板と比較すると、メイン基板は著しく焼損し、固定抵抗器が設置されている付近から電源側に向 けて原形を留めないほど焼損している。
 また、基板には数点の部品とタッチセンサーの基板が残存している。(写真5)

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写真5

 次に、残存部品を復元しメイン基板の鑑識を行うと、基板のグラファイト化や、コイル、トランスの電気痕、電解 コンデンサの破損等は認められない。(写真6)

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写真6

 残存していた各部品の記号と部品の名称は次のとおりである。
 (1)(C1、C2、C9)電解コンデンサ、(2)(C4、C5)フィルムコンデンサ、(3)(L1)トランス、(4)(L2、 L3)コイル、(5)(F1)電源ヒューズ、(6)(Q1、Q2)トランジスタ、(7)(D5、D6、D7、D10)ダイオード、( 8)(R5、R6)固定抵抗器

7 鑑識状況2

 電解コンデンサー(C1、C2)は焼損しているが防爆弁の破裂は認められない。(写真7、8)

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写真7

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写真8

 トランス(L1)、コイル(L2、L3)に短絡等異常は認められない。(写真9、10、11、12)

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写真9

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写真10

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写真11

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写真12

 ダイオード(D5~D10)に異常は認められない。(写真13)

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写真13

 ヒューズ(F1)は導通しており断線は認められない。(写真14)(測定値7.2Ω)

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写真14

 メイン基板上のトランス(L1)、コイル(L2)の下部に基板の一部が残存しているが、他に残存は認められない。
 また、固定抵抗(R1~R4)の部品は焼損し残存していない。

 トランジスタの表面は著しく焼損し煤の付着が認められるが、外観上、端子間(B:ベース、E:エミッタ、C:コ レクタ)に短絡等の異常、欠損は認められない。また、外観上で、Q1、Q2の特定はできない。(写真15)

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写真15

8 鑑識状況3

 焼損したトランジスタ(Q1、Q2)と、同型品のトランジスタについて、それぞれの端子(B:ベース、E:エミッタ 、C:コレクタ)にテスターを当て各端子間の抵抗値測定を行った。(写真16、17、18)
 計測結果から、トランジスタのQ1、Q2ともに同型品に比較し、導通傾向の数値(異常値)を示していることが認め られる。
 ただし、この数値は電気的な要因によるものか、火災に伴う熱的な要因によるものかは不明である。

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写真16

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写真17

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写真18

9 同製品からの火災・非火災発生状況

 同製品の出火、非火災等の事例で判明しているものは、販売メーカーが把握している発煙事案が7件、非火災事案 が1件、当局で発生した火災事案が1件である。
 (平成20年10月15日現在)

10 出火原因の検討

(1) 残存した部品にコイル(L3)があり、ステージ「D」であることが認められること。

(2) 鑑識の結果、ア、トランジスタに異常(導通傾向)が認められること、イ、 メイン基板は固定抵抗が設置された付近から電源コード側に向け原形を留めないこと、ウ、他県でもトランジスタ内 部のショートにより、固定抵抗器に過電流が流れたため基板等の一部を焼損する事案が発生していること。エ、販売 メーカーによると、7件の発煙事案等があるが、いずれもトランジスタに起因する発煙の可能性が高いこと。

(3) 販売会社が提出した資料によると、製造過程中トランジスタの一部製品にお いて定格外部品が混入したことにより、通常の使用時においても過電流が流れる場合があることが判明。これにより 、回路保護用に使用している固定抵抗器に過電流が流れ、自己破壊により発煙・発火し、同抵抗の付近に設置されて いる電解コンデンサ及び配線等に延焼したため火災事故に至ったと見ていること。

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11 結 論

 各鑑識や出火原因の検討、販売会社の見解等を総合的に考察すると、原因として考えられることは、ステージ「D 」の回路を使用した製品において、定格外のトランジスタを使用したことにより過電流が固定抵抗器内に流れ、固定 抵抗器や付近の部品、配線等を焼損したものと推定される。
 販売会社によると、定格外のトランジスタを使用した場合、仕様書の最大定格以上の電流が流れる場合があるとの ことである。
 なお、ステージ「D」以降の製品仕様については、サーミスタ、サーマルリセットなどの回路の追加を行い、異常 電流の発生に伴いトランジスタの発熱を監視する機能や、電源を遮断する機能を設けたことで発火を伴う事故の報告 は確認されていないとのことである。

12 類似火災対策 再発防止対策

 当局で行った鑑識結果を取りまとめ、本製品の異常と改善対策に対する「改善要望書」を販売会社に対し提出した ところ、本火災で発生したアーム型インバータ電気スタンドと同じ回路を使用した製品について、販売会社から経済 産業省に対し製品リコール開始の報告書が提出された。
 これを受け、消費生活用製品の重大事故として11月5日付けで対象製品の無償回収(代替品への交換または代金の 返金)が公表された。(対象台数~62,532台)

13 おわりに

 電気スタンドからの出火事例は全国的にも例が少なく、「火災等事故報告」などデータの集積と全国規模で集約す る情報共有の必要性を感じた事例であった。
 この事例のほか、製品事故等は火災に該当しないものについても、将来火災に発展する可能性があるもの、又は放 置すれば火災になる可能性のあるものを早期に見極める必要があり、今後ますます科学的、合理的な根拠に基づいた 方法で火災原因調査を行っていく必要があると考えられます。