1 はじめに
磁気ストライプカード(以下、磁気カードという。)は、流通するプラスチックカードの代表的存在で、銀行、クレジット会社をはじめ、診察券、印鑑登録証まで幅広く使用されている。
今回ここに紹介する事例は、磁気カード(診察券)から出火した火災で、科学的手法を用いて火災調査を実施した事例です。
2 火災の概要
この火災は、平成17年2月に共同住宅の居室において、引き出し式ダンボール製整理箱内に保管していた磁気カード、ラミネートカード(各1枚ともに診察券)及び母子手帳の一部が焼損した事後聞知火災である。
所有者は、2月中旬、母子手帳を使用するためダンボール製整理箱に保管していた手帳ケースを取り出し開いたところ、磁気カードが燃えていることに気付いた。
磁気カードを最後に使用したのが1月末日で、そのとき異常がなかったため火災発見までの約2週間に出火したと考えられる。
燃えた磁気カードを発見した当日、病院へ燃えた磁気カードを持って行き、病院から磁気カードの納入業者を経由して製造会社に渡り、原因が分からないとのことで消防へ通報されたものである。
本市では、持ち込まれた磁気カードを確認して火災として取り扱うことと決定、原因の究明に取り組みました。
なお、この磁気カードは、平成14年2月から製造され、埼玉、栃木、群馬県の100病院に合計14万枚が納入されている。
3 火災原因調査
出火建物は、耐火造4階建て共同住宅で、出火室は、2階住室の台所兼居間である。
室内に焼損している箇所は認められず、部屋の隅に置かれたパソコンラック中段に磁気カードが入っていたダンボール製整理箱が置かれている。
これまで室内の電気製品に異常はなく、パソコンは常時電源を入れたまま毎日使用している。また、病院内では診察券を所持したまま検査器等による検診を受けたことはなく、薬品類が付着するようなことはないとのことであり、居住者に喫煙習慣はない。(写真1)
写真1
出火箇所の状況
写真2
ダンボール製整理箱内の収納物
手帳ケースを開き見分すると、左側には母子手帳が納められており、母子手帳の右上端が一部炭化している。
右側には2千円紙幣、ラミネートカード1枚及び磁気カード2枚、プラスチックカード4枚(いずれも診察券)が収められており、そのうち1枚の磁気カード及びその上に重なっているラミネートカードが焼損している。(写真3)
写真3
手帳ケース内の焼損状況
焼損している磁気カードを詳細に見分すると、表側の磁気テープ部分は右端から17㎜、左端の3㎜を残し炭化しており、磁気テープ部分を基点に表面が焼損している。また、磁気カードと重なっていたラミネートカード裏面は、磁気テープに接する部分が強く炭化している。(写真4、5)
写真4
磁気カードの焼損状況
写真5 ラミネートカードの焼損状況
4 出火原因の考察
出火原因として、自然発火及び電磁波による影響が考えられるため、それらについて検討する。
4. 1 自然発火について
磁気カードが酸化発熱する可能性を考察するため成分分析を実施した。
磁気カードの構造については、図1に示すとおり。
図1 磁気カードの構造
≪成分分析≫
分析装置 | 蛍光X線分析装置EDX800 |
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試 料 | 磁気テープ |
成分分析結果は表1のとおり、鉄が主成分で、塩素が含まれていることから、空気に触れたときに酸化による発熱は起こると考えられる。
平成12年、川崎市消防局管内の廃プラスチックリサイクル施設で発生した火災の際、当局で行なわれた示差熱分析結果では、廃テープ(磁気テープ)の発熱開始温度は159.6℃であるとされている。1)
成分にさほど変わりのない当磁気テープもこれに近い発熱開始温度と思われる。
≪熱分析≫
磁気カードの磁気テープが圧着されている部分を切り取り、40℃の雰囲気温度に8日間置き発熱状況を観察した。
測 定 装 置 | 高感度熱量計(TAMⅢ) |
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試料 | 磁気カードの磁気テープ部 966.4㎎ |
雰囲気温度 | 40℃ |
測 定 期 間 | 8日間 |
8日間の測定結果で、40℃の雰囲気温度での発熱は見られなかった。(図2)
図2 高感度熱量計(TAMⅢ)による分析結果
出火時、季節は冬であり、暖房した居室でPCモニター上部にダンボール製整理箱が置いてあった環境を考えても、出火した磁気カードの雰囲気温度は、40℃を超えていたとは考えられない。
よって、部屋に置かれた通常の環境下で酸化発熱による出火(自然発火)は考えにくい。
4. 2 電磁波の影響について
過去の例をみると、強い電磁波による影響で機器が誤作動を起こしたり、縫製工場において、電磁波が起因すると思われる火災が発生したことが報告されている。
磁気テープに含まれる鉄分が、強い電磁波によって何らかの影響を受けると考えられることから、現場周囲及び出火室で電磁波の測定を実施した。(写真6)
写真6
現場周囲の状況
≪電磁波の測定≫
現場周囲の電磁波について、周波数カウンター(測定範囲10Hz~3GHz)を用いて測定したところ、295.65KHzの周波数が検出され、その電力密度を電場・磁場測定器(トリフィールドメーター)で測定したところ0.1mW/cm2に満たない数値であった。
また、居室内の電磁波は、周波数353.75 KHzで0.1mW/cm2に満たない電力密度であった。
次に、当室のオーブングリルレンジ(以下、レンジという。)を作動させ、周波数を測定したところ、レンジ側面の周波数は1607.31MHz、電磁波の電力密度は、測定範囲1mW/cm2越える数値を示した。
≪マイクロ波の照射実験1≫
強い電磁波中に診察券が置かれた場合の出火の可能性について、消防署で使用している電子レンジを用いて手帳の中に磁気カードとラミネートカードを重ね、2.45GHzのマイクロ波を約5秒間照射する実験を行なった。(写真7)
※電力密度は測定不可能であった。
写真7
実験状況
使用資機材 | ○○社製 電子レンジ (定格高周波出力600W 100V使用) |
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試料 | 磁気カード1枚、ラミネートカード1枚、手帳1冊 |
実験の結果、重ねたカードと母子手帳は、現場の焼損と似た状況となった。(写真8)
写真8
実験での焼損状況
また、火災となったカード(符号1)と実験での焼損状況(符号2)は、いずれも磁気テープに沿って強い焼損が見られるという酷似した焼損状況になった。(写真9)
写真9
符号1:火災となったカード
符号2:実験の焼損状況
≪レンジから漏洩したマイクロ波の測定≫
強いマイクロ波が照射されると、磁気カードの磁気テープ部が強い焼損状況を示すことが判明し、出火室で行なった電磁波の電力密度は、電場・磁場測定器の測定限界1mW/cm2を越える数値を示したことから、当該レンジを借用し電界プローブで電力密度を測定した。
関係者によると、磁気カードの入った手帳をレンジの脇に置いたこともあったかもしれないと供述している。
測定方法は、レンジを作動させたときにドア前面から5㎝離れた位置で4段階の出力ごとに、外部に漏洩するマイクロ波を測定した。
併せて、局部的なマイクロ波の漏洩箇所がないかの確認も行なった。(写真10)
写真10
マイクロ波の漏洩測定状況
なお、我が国及び米国(環境保護庁)の電子レンジから漏洩するマイクロ波に対する安全基準は、作動中の電子レンジから5㎝の位置で5mW/cm2以下、扉から1.8mの位置で0.2mW/cm2以下である。
測定器 | 電界プローブEMRー200 Wandel Goltermann社製 |
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測定結果は、電場・磁場測定器より低い数値が現れ、上面のドアの隙間から漏れたマイクロ波が最大0.12mW/cm2で、安全基準を大幅に下回る数値となった。(表2)
≪マイクロ波の照射実験2≫
消防庁消防大学校消防研究センター電波暗室にて、磁気テープにマイクロ波(2.45GHz)を照射したときの発熱状況を、電磁波発生装置の最大出力25Wでマイクロ波を照射してサーモカメラで観察、併せて電界プローブでその時の電力密度を測定した。(写真11)
写真11
マイクロ波照射実験
磁気カードにマイクロ波を照射した結果、磁気テープの両端が他の部分に比べて高温になり、約2分後に最高41.5℃まで上昇したが、それ以上の発熱は認められなかった。
また、この実験で25W出力の電力密度は51mW/cm2であった。(図3)
図3 サーモカメラによる発熱分布
5 出火原因
5. 1 自然発火について
高感度熱量計による熱分析結果から、磁気カードが置かれていた環境を考えると自然発火による出火は考えにくい。
仮に、レンジの側に手帳ケースを置いたままオーブンを使用し、磁気テープが発熱開始温度(約160℃)を上回ったとすると、磁気テープが発熱開始温度に達する前に手帳ケース表面の塩化ビニルが受熱により溶融すると考えられるが、手帳表面に溶融は認められない。
以上のことから、酸化発熱による自然発火の可能性は極めて低い。
5. 2 電磁波について
出火室の電力密度は0.1mW/cm2に満たない数値であり、レンジから漏洩するマイクロ波も変わらぬ数値であった。
稀に、鉄骨剥き出しの倉庫等では強い電磁波が乱反射により電子レンジ内のような状態になることがあると言われているが、出火室は、鉄骨剥き出しの構造ではなく、室内の電気製品にも異常がなかったことから、このような現象が起きていたとは考えにくい。
さらに、電波暗室で行なった実験では、51mW/cm2で41.5℃までの温度上昇であったことを考えると、焼損した磁気カードには、通常では考えられないほどの強い電磁波が照射された可能性が高い。
よって、磁気カードを通常に保管していた場合に出火することは考えにくいものの、磁気カードから出火したのは事実であり、子供が悪戯でレンジに入れてスイッチを入れたかというとレンジに手が届く年齢ではない。
6 まとめ
以上のとおり、残念ながら原因を究明することは出来ませんでしたが、酸化発熱による自然発火の可能性及び出火室で使用していたレンジからマイクロ波が漏洩していた可能性、さらに、室外から侵入した強い電磁波が影響したことについては反証することが出来ました。
最後に、本件火災の原因究明のため分析・鑑定業務を実施していただいた消防庁消防大学校消防研究センター(旧消防研究所)研究官の皆様、情報提供及びアドバイスをいただきました東京消防庁、各政令指定都市の火災調査担当の皆様にこの誌面を借りてお礼を申し上げます。
<参考文献>
1) 廃プラスチックのリサイクル施設における火災事例(川崎市消防局);安全工学Vol.40 №5(2001)