消防専門知識の提供

火災原因調査シリーズ(41)
住宅用床ワックスの染み込んだ布からの火災事例について

1 はじめに

 この火災は、新築住宅入居前作業として木製フロアのワックスがけを行った際、使用した布切れから出火した事例です。
 ワックスがけ作業は終日繰り返し行い作業終了時には、使用した布切れをまとめて段ボール箱に詰めて保管し、翌日の作業に備えていたものである。  現場の見分状況から、ワックスがけ作業に使用した布切れからの自然発火による可能性が極めて高いと認められることから、その発火機構を明らかにするため実験を行ったのでその結果等について紹介します。

2 火災の概要

(1) 出火日時 平成18年4月 出火推定23時00分頃
(2) 覚知時間 平成18年4月 9時33分
(3) 鎮火時間 平成18年4月 鎮火推定24時00分頃
(4) 出火場所 静岡市内の未入居新築住宅
(5) 焼損程度 1階居間5㎡焼損
(6) 気象状況 天候 くもり、風向 西南西、風速 4.7m、気温 21.8℃、湿度 33%

3 使用ワックス

  • (1)  成分(混合比企業保秘)
     アマニ油(天然植物オイル)・変性アマニ油(アマニ油の重合品)・イソパラフィン系溶剤・エチルアルコール・無鉛ドライヤー
  • (2)  性 状
     液体・低臭・粘液性・褐色
  • (3)  用 途
     屋内木部用自然系塗料(第二石油類危険等級Ⅲ)

P56

ワックス缶写真

4 出火原因の考察

(1)  出火室の状況

 1階居間の焼損状況は、天井及び壁面全体に煤が付着し照明器具は溶融し、西側居間出入口のガラス戸は、全体に煤が付着し大部分が室内側に落下し、北側の二重サッシガラス戸は、全体に煤が付着し室内側のガラスだけが落下していることから、密閉室内における熱気及び煙の対流状況が見分できること。  床面には、ほぼ中央部に床用ワックス缶及び各容器・コードリール・掃除機などが煤けた状態で見分され、北西寄りの2箇所に床板の焼け抜けが見分できること。

(2) 焼損状況

①  床面の2箇所の焼け抜け位置には、3日分のワックスの染み込んだ布約1㎏を段ボール箱に入れたものと、工業用ペーパータオル約800gをビニール袋に入れたものをそれぞれ分けて置いてあったとのことであり、焼け抜けた床下から、炭化した布片が見分されていること。

P57_1

床の焼損状況

②  焼け抜けた床板は厚さ15㎜の一枚板で、周囲は白く灰化し焼け抜けた床下の根太上部面については、深い凹凸状の焼けこみを呈し独立燃焼を継続する力がなく焼け止った状態が見分できること。

P57_2

床の焼け抜け状況

(3)  発火源の検討

 当該居間における発火源について検討すると、家のドア及び窓等は全て施錠されていたこと、ワックス掛け作業を行った者及び出入する者には喫煙習慣がないこと、さらに入居前であることから生活用品等は一切なく通電もされていないこと等から、生活に関連する出火要因は認められないこと。

(4)  ワックス成分による自然発火の考察

 今回使用したワックス成分の主体はアマニ油である。各種文献によると、ヨウ素価130以上を有する乾性油は、酸化反応に伴う発熱現象は、大きいものとされ最初は緩慢な発熱反応を続けるにすぎず、数時間から数日ときには数週間にわたって緩やかな発熱が進行したのち、畜熱飽和による温度急上昇に伴い反応が更に加速され発火に至るものとされている。
 アマニ油などの油脂類は自然発火する条件としては、高温・換気不良・堆積状況・異物の混入などがあるが、これらの中の一つの条件のみの作用によって発火に至ることは少なく、各種の条件が相乗的に長時間作用して、はじめて発火に至るとされていることから本事例では、繰り返しワックスがけ作業に使用した布切れに含まれるアマニ油成分の反応熱から出火した可能性が考えられる。

5 実験試料

(1)  試料による発熱反応試験

 試料のワックス15mlを木綿ガーゼ4gに均一に染み込ませたものと、同量のガーゼのみの2種類をそれぞれの試験管に入れ、100℃に設定した定温恒温器に入れて熱電対で温度変化を測定した。

  • ①  ワックスを含浸させた木綿ガーゼは約38分で100℃を超えて最高124℃まで上昇した。
  • ②  ワックスの染みていない木綿ガーゼは、1時間経過後98℃で以後変化なし。
    ※1時間以内に100℃を超えないものは、自然発火性が殆どないものとされている。

P58_1

定温恒温器による発熱試験

(2) 再現実験

①  実験用段ボール箱の大きさは、縦24㎝・横22㎝・高さ31㎝で上部を開放したものを使用した。(図1参照)

P59_1

図1 段ボール絵

  • ②  実験用段ボール箱内にワックスの染み込んだタオル8枚を折り重ね入れた。
  • ③  実験開始の雰囲気温度:26℃・湿度:67%
  • ④  温度測定は温度計1個をあらかじめタオル間に設置し温度変化を確認した時点で熱伝対温度測定を実施。(図2参照)

P59_2b

図2 測定グラフ

  • ⑤  実験開始から2時間経過までは、温度上昇が緩慢でそれ以降は急激な温度上昇を示し、120℃前後からワックス成分の発熱による強い臭気を確認した。
  • ⑥  実験開始から2時間10分で147℃を計測。
  • ⑦  実験開始から2時間30分経過時から温度は暫時減少し始めたため、酸化反応は終了したものと判断し実験を終了した。
  • ⑧  実験終了後、タオル中心部が茶褐色に変色しているのを確認。

6 結  論

 試料による発熱試験の結果、1時間以内に100℃を超えていることから、当該ワックスには自然発火性があるものと認められる。  一方、再現実験では、ワックスが染み込んだタオルを8枚重ねて、段ボール内に保管した場合、ワックスの成分であるアマニ油が酸化反応によって発熱し、タオルによる保温蓄熱作用が形成され、時間の経過とともに急激な温度上昇を計測したことから、出火に至る可能性が十分にあり得ることが認められた。
 焼損状況、ワックス試料実験結果を総合的に考察した結果本火災原因は、適度な保温環境が整ったことにより、使用済み布切れに含まれるワックス成分の酸化反応が促進され自然発火したものと断定した。

7 メーカーへの要望

 今回の火災事例では、缶に貼付される商品説明書の注意事項の確認が最も重要であることから、当該ワックスメーカーに対して、使用上の注意書きを大きく見やすく表示するなど、出火危険防止を強調するよう申し入れた。