出火原因の上位を占めているのが「こんろ」火災である。この「こんろ」火災といえば,天ぷら油火災や魚焼きグリル火災,すじ肉の過熱出火など動植物油が発火して火災に至るものが大半を占めていますが,今回は,燃えそうにもない食品からの火災事例を,再現実験結果と併せて紹介していきます。
1 火災概要
発生日時 | 11月25日 19時2分ごろ |
---|---|
発生対象物 | 木造2階建て1棟28戸延べ590㎡の長屋住宅 |
り災程度 | 1階部分53㎡,2階部分28㎡の計81㎡焼損 |
り災世帯 | 23帯 27名 |
発生経過 | 出火当日,家人は朝から日本酒を飲んでおり,夕方の6時ごろになってお腹が減ったのでインスタントラーメンを作ろうと思い,カセットコンロで鍋に1/3ぐらいの水と麺を入れ,つまみを「強」にして水を沸かしていたが,酔いが回って寝てしまい,気付いた時には住宅前の路上に救出されていたものである。 なお,初期消火されなかったため,両隣及び上階に延焼拡大し,ほぼ全世帯がり災する火災となった。 |
2 原因調査の経過
この火元建物は昭和30年に建てられ老朽化が進み,一人暮らしの高齢者が多く住んでいる共同住宅で,室内には台所が無く各階にそれぞれ共同洗面所,トイレがある。そのため,自炊等する場合は,カセットコンロを使用する必要がある。
出火室は,2階への延焼状況と1階の各室内及び収容物の焼き状況から,1階16号室の59歳無職男性宅と認める。出火部位は,出火室の壁体及び収容物の焼き状況から,西側壁体のコタツ付近と認める。
このコタツ上にはカセットコンロや生活物品等が置かれていたが,すべて焼失し,カセットコンロはボンベと離脱し吹き飛ばされ別の位置にあった。
このカセットコンロを見分するとアルミの溶融した塊が確認され,枠も焼き変形している。また,アルミ製雪平鍋も別の場所から発見され,鍋底は完全に焼失している。
写真1
出火部位の状況
写真2
復元の状況
写真3
雪平鍋の焼き状況
出火原因
カセットコンロの使用立証については不可能であったが,コンロ上のアルミ鍋は底が完全に焼失した状態で発見されたこと,コンロ,鍋共爆風で吹き飛ばされていたのにもかかわらずコンロ上にアルミが溶融した痕跡があること,コンロすぐ横の棚の焼き状況からもカセットコンロからの出火の可能性が高く,以下カセットコンロからの出火の可能性について考察していく
なお,第一発見者が最初の爆発音を聞き廊下に出てみると,煙がたちこめている状態であったことから,カセットボンベのガス漏洩の可能性やカセットボンベの過熱による爆発出火の可能性は考えにくい。
- (1) カセットコンロの炎が付近の可燃物に着火した可能性
カセットコンロは電気コタツの上で使用されていたこと,しっかりと固定された状態でもなく,耐熱加工された場所での使用でないことから,まず最初はコンロの炎が直接可燃物に接したため出火したと考えていたが,コンロのスイッチを入れた時刻と出火時刻とに大きな隔たりがある。 - (2) 伝導過熱の可能性
常時コタツの上でカセットコンロを使用することから,鍋を置くことにより付近の棚,若しくは壁体への伝導過熱を考えたが,壁体などに特記した焼き状況が無くまた,後述の実験からボンベのみの燃焼時間では伝導過熱しないことから考えにくい。 - (3) インスタント麺からの出火の可能性
本人の供述によると,「ラーメンを作ろうとしたが寝てしまった」とあるがことから,現場と同じ条件で再現実験を行うこととした。
3 再現実験
アルミ製雪平鍋にインスタント麺と水400㏄を入れ,鍋底とコンロ直近の壁体に熱伝対温度計をセットし,カセットコンロ(3300㌍)で加熱していくと以下のような結果となった。
(表及びグラフ参照)
実験結果からインスタント麺を加熱し続けるとかなりの白煙を上げながら45分後には鍋底の温度が500℃を超えついには発火することが分かった。有炎現象は,4分間継続し炎の高さは50cmを超えた。 (写真4,5,6) また,コンロ直近の壁体の最高温度は,214℃であった。 以上のことから,夕方の6時ごろインスタントラーメンを作るためコンロに火を付けたが寝てしまい,約1時間後にグラファイト化したインスタント麺が発火し,すぐ横にあった棚に着火し延焼拡大したものである。
写真4
実験開始
写真5
40分経過後
写真6
49分経過後 発火
4 まとめ
先の再現実験で発火したインスタント麺の他に,たまご,うどん,もちの空焚きによる火災も発生しており,これらも再現実験を実施し,すべて発炎現象に至っている。(参考にたまごの実験結果を掲載する)
これは(たまごを除く),麺類,穀物のように主成分が炭水化物であれば,空焚き状態になると食品の外側からグラファイト化が進行し,発火温度に達すると発火するということが判明した。
これらの実験結果から,食品がグラファイト化し直ぐに発火するものもあれば,グラファイト化がかなり進行してから発火するものもあり,発炎する時期にはばらつきがあり,それがまた,炎の高さや継続燃焼時間とも大きく関わってくることも分かった(早期に発火すれば,炎も高く,燃焼時間が長い)。ただし,内容物が少なければ,グラファイト化し直ぐに灰化してしまうため,出火には至らなかった。
また,一旦内容物の食品から出火すれば,鍋の温度も一気に上昇するため,アルミ鍋であれば(アルマイト処理されたものを除く)鍋自体が溶け,溶融したアルミがガス孔につまり異常燃焼を起こし,たとえ食品が燃え尽きたとしても,付近の可燃物に着火する可能性は十分にあると考えられる。さらに,取手の多くは熱硬化性樹脂で作られており,継続燃焼こそしないが,接炎していれば,炎はさらに高くなる。
また,食品の発火は動植物油の発火と違い,必ず炎が拡大する訳でもなく,消防隊が現着した時には自然鎮火しており,他にまったく焼きがなければ,鍋の空焚きとして誤報処理された事案もあるのではないかと考えられる。
写真7
実験開始
写真8
37分経過後 発火
5 最後に
今回の火災は,空焚きで水分が蒸発し内容物であるインスタント麺を長時間過熱することによって火災に至ったものであるが,たまごの実験もそうであるが思いもよらぬ物から出火するケースもあるので,先入観を捨て再現実験をすることが改めて必要であると教えられた事例であります。
昨今は,冷凍食品等の普及により各家庭で揚げ物が食卓に並ぶことも多くなり,昭和60年頃にはこんろ火災の特に天ぷら油火災が増大していたが,各燃焼器具メーカーも再発防止のため,いろいろな安全装置や機器等の改善を行い,また,広報等でその危険性が市民に浸透してきたためにやや減少傾向にはあるが,依然として火の管理の不注意による火災は後を絶たたないのが現状であります。
天ぷら油火災は別として,調理中の食品を過熱してもすぐには火災に至ることはなく,大量の煙等を上げるため早期に発見される場合がほとんどです。しかし,そう言った燃えそうでもない食品でも加熱放置すれば火災に至る可能性が十分あるということを天ぷら油火災と同様に深く市民に認識していただきたいものです。