1 はじめに
近年,ヨットによるセーリング,遊漁船やプレジャーボートでの釣り等,様々なタイプの海洋レジャーが盛んになっています。これらの遊具やボートの材料には,“アルミニウムよりも軽く鉄よりも強い”という特性から,その殆どにFRP(繊維強化熱硬化性プラスチック)が使われています。
このFRP製プレジャーボートが博多港内において火災となり,消火作業中に注水した海水で浮力を失い沈没しました。同日海底から引き揚げ回航し,陸揚げしていましたが,引き揚げから約6時間後に再燃するという事例が発生しました。
このような再燃があり得るのか否かを船体構造の特殊性及びFRPの性状という普段なじみのない2点にポイントを置き考察するものです。
2 火災事例
(1) 出火日時 | 平成10年11月 |
---|---|
(2) 出火場所 | 福岡市博多港内 |
(3) 損害状況 | ア 人的被害 無し イ 物的被害 プレジャーボート1隻全損 |
(4) 火災概要 | 本件火災は,博多構内の海上で発生した船舶火災で,消防機関が現場に到着する前の消火作業中に,注水により浮力を失い,間もなく沈没したもの |
(5) 原因概要 | 陸揚げ後の再燃については,沈没後も船内の一部に空気が残留し,その部分で何らかの火種が燻っており,引き揚げ後に新鮮な空気の流入とともに再燃したものと推定される。 |
3 船舶の特殊構造とFRPについて
資料1
(1) 船体構造について
海上に浮かぶ船体は,自然界の影響を直接受けるため,陸上の乗り物と比べ丈夫な構造となっている。
船体の多くの部分に隔壁が設けられており,火災や海難事故等により,船体の一部が損傷を受けたとしても,船体の全域に浸水しないような構造となっている。
プレジャーボート(PC-35)
(2) FRPとは
「FRP」はFiber Reinforced Plasticsの頭文字をとり,通称「エフ・アール・ピー」と呼んでいる。
FRPは「アルミより軽く,鉄より強い」という特徴がある。
製造方法は,2種類のガラス繊維を交互に重ね,液状の樹脂を浸透させ,硬化させて作る。
2種類のガラス繊維とは,その一つが,「チョップト・ストランド・マット」でもう一つが,「ロービング・クロス」と呼ばれている。よく,蚊取り線香を入れる金属製の器の中敷きにしているものでである。この2種類の素材は同質であるが,構造(繊維の編み方)が違っている。また,液状の樹脂とは,「不飽和ポリエステル樹脂」といい,この液体は,薄黄色で,火気厳禁という性質を持っている。
FRPの応用分野としては,船舶・舟艇から自動車・車両関係,バスタブ,洗い場,浴室を含めたユニットバス,浄化槽等住宅設備関係,スポーツ,雑貨など広範囲な分野で多量に利用されている。
チョップト・ストランド・マット
ロービング・クロス
4 実験
(1) 実験の目的
再燃の原因については,船体の特殊な構造上,沈没後も船内の一部に空気溜まりが残り,この部分に接していた何らかの火種が燻り続けていた可能性がある。よって,実験の主目的は,主構成材料であるFRPを燃焼させ,その後,無炎燃焼を呈するかということであり,また,同時に,FRPの着火及び燃焼からFRPの燃焼の特徴を観察するものである。
- ア FRPが着火するまでの時間を記録する。
- イ 炎を強制的に消火し,無炎燃焼を呈するかどうかを観察する。
- ウ 消火後の炭化状況を観察する。
(2) 実験方法
- ア 実験目的の「ア」について
厚さ約4mmのFRPに簡易ガスバーナーの炎を照射し,何秒で着火するか計測する。 - イ 実験目的の「イ」について
無炎燃焼の有無を目視により観察する。 - ウ 実験目的の「ウ」について
消火後,炭化深度を計測する。
(3) 実験結果
ア 簡易ガスバーナーの炎を照射し,着火に至る時間経過と焼けの変化は,表ー1のとおりであった。また,実験の要領は図ー1及び写真No.1を参照のこと。
バーナー温度 | バーナーの距離 | 時間経過 | 燃焼の変化 |
---|---|---|---|
約1200°C | 約5cm | 約10秒 | FRP表面の塗料に着火する |
約30秒 | FRP本体へは着火していない。 | ||
約48秒 | FRPに着火し、独立燃焼に至る。 |
表-1 着火までの時間経過と変化
図-1
写真No.1
イ FRP本体に着火後約2分間,独立燃焼を継続させた後,炎を消火して,状況を観察したが,無炎燃焼は見分されなかった。(写真No.2参照)
写真No.2
ウ 炭化深度については,約2mmで,FRP表面の塗料は焼失し,1枚目のガラス繊維(チョップトストランドマット)は不飽和ポリエステル樹脂のみ焼失してガラス繊維だけが残る。(写真No.3参照)
写真No.3
5 考察
(1) FRPは無炎燃焼をするか。
沈没後の再燃については,海上での燃焼及び再燃時の燃焼状況等から判断して,FRPという材質の燃焼の特性に焦点を当て,実験及び検証を行ったが,その結果FRPは実験結果のとおり,単独では無炎燃焼をしないという性質を有していた。
しかしながら,船体には,FRPの他,合成樹脂類,木材が構造材料として使用されており,更に,機関燃料,各種オイル等が積載されていることから,これらが主材料であるFRPと燃焼の過程で混じり合い,焼け残ったガラス繊維に浸透したような場合,炎が消えてた後も,無炎燃焼として燻り続ける可能性も否定できないと考える。
(2) FRPの燃焼の特徴
発災時は,海水による放水を連続的に実施し,一時火勢は鎮圧状態となるが,放水を中止すると,再び燃焼を始めるという状態であった。一方,再燃時の燃焼状況も同様に消火が困難であったことから,泡消火剤を使用して鎮火に至る。
実験では,強力なバーナーの炎を連続的に照射して着火に至るまで約48秒を要していることから,非常に着火しにくい材質であることがわかる。しかしながら,一度着火し,燃焼域が拡大すると,飽和ポリエステル樹脂等の可燃性ガスの発生が連続的に続き,いつまでも燃焼を継続するといった特徴があると思われる。
(3) 船舶構造の特殊と再燃との関係
船体が沈没すれば,当然火災は一瞬にして鎮火に至ると考えるのが,極めて常識的なことである。燃焼が継続するには,可燃物,熱源,酸素の三要素が必要絶対条件であるが,海中に没することで冷却,熱源の消失及び空気の遮断が起こり,絶対条件が欠落し燃焼は完全に停止するはずである。
しかし,沈没した船舶が引き揚げられ,陸上において再燃するという今回の火災では従来の常識を一変させるものであった。
そこで,り災したプレジャーボートの船体図面を取り寄せ,船体構造を詳しく調査した結果,船体は多くの部分に隔壁が設けられ,大小幾つかの部屋及び空間に分かれているということが判明した。これは,衝突事故等により,船体の一部に開口部ができて海水が浸水しても,船体の全域に浸水しないように隔壁を設けているためである。
船体構造には,船体そのものを構成するFRPをはじめ,各種木材,プラスチック部品等がいたるところに用いられている。一例では,主機関を支えるための台部分は主材に木材を使い,これにFRPを張り付けて,主機関の加重に耐えられる強度を保持している。このような部分において,海水の侵入が無く,空気溜まりのエリアが残り,そこに火種が残っていた場合,炎が伴う燃焼の継続がなくても,何かの構造材等が火種として燻り続け,陸揚げ後,新たな空気の流入で炎を誘発し再燃に至ったものと考えられる。
6 おわりに
マリンスポーツの普及に伴い,我が国のモーターボート,ヨット等の保有隻数も近年増加傾向にある。
一方,プレジャーボート等の造船については,“アルミニウムよりも軽く鉄よりも強い”といわれるFRPが材料として一躍脚光をあび,プレジャーボトの総数の90%以上を占めている。
このようなことを踏まえFRPを含めて複合材料を用いられた船舶火災の消火活動を考えた場合,常識では完全鎮火に至ったと判断された火災でも,その特殊な材料がどのような燃焼をし,どのような性質を持っているかを十分に考慮し,消火活動にあたらなければならない。今後,FRPを含めた複合材料について,その性質等を研究し,理解を深めていくことが必要である。