消防専門知識の提供

火災原因調査シリーズ(14)
車両火災電気シートに起因する出火事例

はじめに

 高級外車のシンボルのひとつであった電動シートも,今では国産車にも多くみられるようになり,名古屋市でも電動シートに起因する火災が発生していますので紹介します。

1 火災概要

 国産乗用車で外出,2時間半後に自宅前の道路に戻り,アイドリング状態で停車中,車内でメモをしているときに助手席から白煙が上がりシートの下部が燃えだしたもの。運転者は危険を感じて逃げ出し,初期消火は行われていないが,間もなく自然鎮火している。

2 焼損状況

 助手席の座席シートの前面部分が焼きし,フロアのゴム製マット及びカーペットも一部焼きしている(写真1参照)。助手席の固定ボルトを外し,後部を持ち上げて座席下を見ると,スライドモータ(座席をスライドさせる動力源),リレーボックス等各種の電気・機械部分が見分されるが,これらのうち,焼きしているのは,スライドモータの回転を反対側に伝えるフレキシブルワイヤという回転軸部分のみである。電動シートの電源配線は,8本のコードをまとめてビニルテープで巻いたもので,座席下のフロアマット上をころがし配線されており,リレーボックス脇のコネクタに接続されている。ただし,コネクタ付近で配線のビニルテープが一部剥がれ,リードスクリュー(ねじが切られた棒状のもの)に回り込んでいるのが見分される。また,黒色樹脂製のカップホルダ(缶入り飲料等を冷やすためエアコン吹出口に差し込んで使用するタイプのもの)が,フレキシブワイヤと,それに続くギアボックスとを押し上げるようにフロアとの間に挟まっているのが見分される(写真2~3参照)。なお,エンジンルーム内にある,電動シート回路を保護する45Aのヒューズは溶断している。
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写真1 助手席焼損状況

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写真2 助手席後部を持ち上げ座席下を見る

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写真3 電源配線の状況

3 詳細見分

 助手席を取り外して,ビニルテープが剥がれた箇所を詳細に見分すると,8本あるコードのうちの1本に,被覆の一部が焼き溶融して芯線が露出しているところが2ヶ所認められ,その芯線は素線がつぶれて平らになっているのが認められる(写真4~5参照)。さらに,ダッシュボードを取り外してワイヤハーネス(束ね配線のこと。)をみると,所々で被覆が溶融して膨れた状態になっているのが認められる(写真6~7参照)。
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写真4 ビニルテープを剥がした状況

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写真5 ビニルコードの素線の状況

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写真6 ダッシュボードを取り外しワイヤハーネスを見る

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写真7 皮覆が溶融したビニルコードを見る

4 鑑識・実験

 配線の状況から,配線に過電流が流れたと考えられたため,再現実験を行った。

(1) フレキシブルワイヤ通電実験

 新品のフレキシブルワイヤの両端と,バッテリー正負両極とをブースタケーブルで直接接続したところ,通電開始1~2秒で白煙が発生し,3秒でビニルの絶縁被覆が発火した。その時の炎の高さは,最大で約10㎝に達した(図1,写真8参照)。
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図1 フレキシブルワイヤ通電実験状況図

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写真8 フレキシブルワイヤ通電実験状況

(2) 漏電回路の検証

 フレキシブルワイヤへの漏えい電流の漏電点は,電動シートのワイヤハーネスのビニルテープが剥がれている箇所からリードスクリューを介してと考えられるので,テスターでスライドモータ付近の各部品の導通を確認した。その結果,スライドユニット(スライドモータ,ギアボックス,リードスクリュー,フレキシブルワイヤ)は,ボディ(アース)から絶縁されていることが判明した。そこで,次にギアボックスを手で押し上げ,カップホルダにより押し上げられていたのと同じ状態にしたところ,ギアボックスとアッパーレールの間において導通状態になることが判明した(図2~4参照)。
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図2 ギアボックス取り付け状況図

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図3 カップホルダーが噛み込んだときの電流経路図

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図4 漏電箇所の状況

(3) 再現実験

 火災になった助手席現物に新品のフレキシブルワイヤを取り付け,人為的にギアボックスに圧力をかけ,リードスクリューとアッパーレールとの間に漏電回路を形成させる(図5参照)。ただし,電動シートの回路に組み込まれている45Aのヒュージブルリンクとサーキットブレーカのうち,後者についてはある場合とない場合それぞれについて行った。

ア サーキットブレーカが回路に接続されていない場合

 サーキットブレーカが不作動の場合を想定し,回路から除いて行った。その結果通電開始後,約27秒で白煙が発生し,約47秒で着火炎上し,約67秒後にフレキシブルワイヤが焼き切れた(写真9~10参照)。
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写真5 再現実験状況図

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写真9 再現実験状況(フレキシブルワイヤから白熱発生)

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写真10再現実験状況(フレキシブルワイヤの被覆が燃焼)

イ サーキットブレーカが回路に接続されている場合

 延22時間30分実験を継続した。サーキットブレーカは約1秒で作動し,約10~11秒で復旧の繰り返しであり,サーキットブレーカの温度は36.9~61.8℃,平均50℃,フレキシブルワイヤ部分の温度は平均44.6℃,電流値は14.0~56.4Aであり,発煙することもなかった。

5 考察

 フレキシブルワイヤ及び配線の状況から,過電流により焼きしたものと考えられ,各種実験を行った。その結果,回路に設置されているサーキットブレーカが正常に働けば,漏電したとしても出火することはないが,何らかの原因により不作動となった場合(故障,迂回回路の形成等)はヒュージブルリンクが切れるまでにフレキシブルワイヤから出火することが判明した。