6.昭和20年代の消防

(4)予防

昭和20年代の消防

(4)予防

占領下の東京で始まった火災予防

 火災予防業務の必要性は、明治末期のころから提案されてはいたが、建築、保安、風俗等の諸行政の中に包含され、それぞれを主管とする部局の仕事となっていた。しかし、成果はあまりみるべきものがなく、一方、消防も、事実行為として各種調査や指導、注意あるいは防火講演などを行ってはいたが、積極的なものではなく、年中行事的なものに終始していた。したがって提案されてはいたものの、火災予防業務は形を見ぬまま終戦を迎えたのである。
 こうしたわが国の消防の姿を目の当たりにした総司令部は、「火災予防に関する事項は、消火の責任をもつ消防当局が実施すべきであり、そのための組織を確立すべきである」との趣旨の覚書を警視庁消防部長に手交してきたことから、これを受けて昭和21年9月、警視庁消防部に予防課を、各消防署には予防係を設置することとなった。
 これに伴い、予防検査員による進駐軍関係施設並びに一般住宅等の火災予防査察業務が開始されることとなった。昭和22年4月、総司令部からの要請に基づき、警視庁消防部は、進駐軍関係建物の火災の予防と警戒のため多数の消防職員を派遣した。この派遣職員に対し総司令部は、火災予防措置に関する強力な権限を付与したのである。ここにおいて、従来火を消すことのみ終始していた消極消防から、行政的権限をもち火災予防面を中心とした積極消防へと移行していくうえで必要な多くの貴重な体験を重ね、特にこのことがその後の予防行政の確立への礎石となった。
 また、警視庁消防部は、総司令部の指導のもとアメリカの火災予防週間に倣い、昭和21年10月21日から27日までの1週間、都下全域にわたる戦後初の火災予防運動を実施した。年中行事としての火災予防運動は、昭和5年に大日本消防協会(現在の日本消防協会の前身)と府県消防協会の共催で、京都、大阪など2府3県において「防火デー」の名称で行われたのが最初である。以来、毎年実施されてきたが、戦争の激化とともに低調となっていった。このとき実施された火災予防運動は、さすがにアメリカに倣っただけあり、その規模、期間、内容において防火デーを凌駕するものとなった。

防火講演と演劇のタベ(日比谷公会堂)

(「東京の消防百年の歩み」より)

 火災予防期間中、火の元検査も実施されたが、従来の年1回の予防週間中の形式的な行事としての火の元検査でなく、火災予防という総体的見地からの家屋査察が実施され、かつ今後もこれを予防業務の一環として定着させようという前進的な意図があったがため、実施に先立っては消防部において講習を行い、各消防署においてもそれぞれに専門家を招いて火災予防に関する講習会を開催するなど、非常に熱心に専門的知識の習得と向上に努めた。したがって戦前の火の元検査と比べると隔世の進展がみられたものである。
 また、初日の21日正午、日本橋・白木屋を想定火点として、日米消防合同訓練が行われた。これにはポンプ自動車17台、救急車2台、はしご自動車1台、消防艇3艇に東京消防隊のポンプ自動車3台が参加し、その規模、想定ともに当時としては比類のない大演習であり、この運動中でも出色の効果をあげた一つであった。
 さらに各消防署においても、消防署と警防団、自衛消防との連合訓練、一般船舶と消防艇との合同訓練、街や学校や工場などの各所で消防・救急訓練が実施され、都民に消防への認識と防火への関心を高めてもらうことに大いに貢献したのである。

拡声機による火災予防宣伝

(「東京の消防百年の歩み」より)

 新生消防は、それまでの火消し的消防から脱却して、新たに火災予防に力を注ぐこととした。近代消防は、火災を鎮圧して終了というのではなく、いかに火災を発生させないか。火災の後に消防が出てくるのではなく、火災の前にも消防が存在すべきだと考えたのである。よって、昭和23年7月24日公布された消防法は、特に火災予防を重視したものとなった。同法の制定により、これまで事実行為としか認められなかった行為に法的裏づけがなされたにとどまらず、従前の警察にはなかった予防行政上の新たな権限が広く消防に与えられたのである。
 すなわち、消防法において、「火災の予防のための措置」「建築同意」「危険物の規制に関する事項」「消防の設備等」「火災の調査」などが規定され、ここに火災予防に関する制度は、初めて体系的なものとして確立され、自治体消防の内容を豊富にしていったのである。
 とはいえ火災予防は、消防に権限が与えられればそれで事足りるというものではなく、国民一人ひとりに火災予防に対する意識の向上がなくては実現不可能である。そこで国家消防本部(昭和27年国家消防庁を改称)は、防火思想の向上を目的に、春秋2回にわたって全国統一火災予防運動を実施することとし、昭和28年秋から実施した。